はじめに
省力的防除技術である育苗箱施用は、長期間安定した防除効果が期待できる技術として全国的に普及している。育苗箱施用剤による防除対象となる主要な病害虫は、西日本では紋枯病やウンカ類、ニカメイチュウなどであり、北・東日本ではいもち病や初期害虫である。2022年は全国的にはトビイロウンカの重大な被害はなかったが、長期的な視点で日本国内のトビイロウンカの発生は増加傾向にあり、西日本では防除が重要な害虫であり注意が必要である。
一方、いもち病による被害も全国的には深刻な状況には至らなかったが、発病に好適な気象が続いた地域や防除が不十分な圃場ではいもち病が散見された。
現在市販されている育苗箱施用剤は、そのほとんどが各種殺虫剤と殺菌剤が組み合わされ、種類は非常に多く、地域や自分の圃場で発生している病害虫の種類を見極めて薬剤を選択することが重要である。さらに、発生する病害虫の多様化や耐性菌、抵抗性害虫に対応した薬剤が必要なことから、育苗箱施用剤の選択がより一層複雑化している。
ここでは、水稲の最も重要な病害であるいもち病を対象とした育苗箱施用剤の特徴、薬剤選択のポイント、薬剤の動向を中心に紹介する。
秋田県農業試験場 生産環境部
病害虫担当 藤井 直哉 氏
秋田県では、いもち病防除に対して長期残効型の育苗箱施用剤が広く普及している。同剤のいもち病に対する本田での防除効果は、東北地方では移植後50~60日程度持続するとされている。大部分の育苗箱施用剤は、上位葉の葉いもちの発生を抑えることで、その後の穂いもちの発生を軽減する間接的な防除効果があると思われる。そのため、注意点として以下の二つが挙げられる。
いもち病が多発生している圃場が隣接している場合や育苗箱施用剤の効果が低下し始める時期に発病好適な気象条件が続く場合には、育苗箱施用剤を使用していても葉いもちが発生する恐れがあるため、圃場の見回りは重要である。
また、育苗箱施用剤は有効成分が移植後に効果を示すため、育苗期間中に感染・発病した苗を移植する、いわゆる罹病苗の本田への「持ち込み」に対しては効果が発揮されにくい。
いもち病の持ち込みがあった本田では早期からいもち病が発生し、甚大な被害を及ぼすことがある(写真1)。「持ち込み」を防ぐため、秋田県では種子消毒に加えて、いもち病の伝染源となる稲わらや籾殻を育苗施設周辺から撤去するなどの衛生管理を徹底し、育苗初期にトリシクラゾール剤やベノミル剤による苗の葉いもち防除を指導している。
(写真1)いもち病の罹病苗の「持ち込み」により
ズリ込み症状がみられた圃場
近年はいもち病の耐性菌の出現リスクが低いとされる抵抗性誘導型の育苗箱施用剤が多くなっている。これまで育苗箱施用剤は移植3日前~移植当日に施用するのが一般的であったが、播種前、播種時、緑化期に施用できる剤も増え、田植え時の労力分散に貢献している。
剤型は粒剤だけでなく、育苗箱に灌注処理できるタイプも市販されている。粒剤の処理方法については、播種同時に薬剤処理できる簡易な装置や乗用田植機に装着して田植え同時に育苗箱に施薬する装置の導入が進み、また近年は育苗箱施用剤を10アール当たり1キロ側条施用できる施薬機が開発され(写真2)、施薬機に対応した農薬登録も拡大している。
一方、普及が拡大しつつある疎植栽培や高密度播種苗栽培では、従来の箱当たり50グラム施用する処理方法では面積当たりの薬剤施用量が不足し、本田での防除効果が低下する事例が確認されている。これらの問題を解決するために、前述の育苗箱施用剤を側条施用や高薬量施用する登録が拡大しており、いもち病に対して安定した高い防除効果が確認されている。
(写真2)田植え同時に育苗箱施用剤を
側条施用している様子
近年登録となったジクロベンチアゾクス・オキサゾスルフィル剤(ブーンアレス箱粒剤)は播種前~移植当日の幅広い時期で使用でき、側条施用や高薬量施用(高密度播種苗対応)が可能である。
新規成分の殺菌剤はいもち病に対する防除効果が高く(図1,2)、対象病害はいもち病以外にもウンカ類、初期害虫など多岐にわたるため、さまざまな栽培様式や広範囲の地域での使用に対応しており、今後の普及が進むと思われる。
全国農業新聞2023年3月17日号6面掲載
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