水稲の重要病害虫を農薬で防除する上で、育苗箱施用剤は同時に複数の病害虫を防除できること、本田防除にくらべ省力化できることなどから全国で普及している。ここでは、稲の重要病害虫であるウンカ類といもち病について被害の特徴を紹介し、育苗箱施用剤の利用法について解説する。
農研機構 植物防疫研究部門
基盤防除技術研究領域
海外飛来性害虫・先端防除技術グループ長
真田 幸代 氏
稲害虫のウンカ類には、トビイロウンカ、セジロウンカ、ヒメトビウンカの3種がおり、それぞれの種によって被害の特徴が異なる。トビイロウンカとセジロウンカは冬に稲がなくなる日本で越冬できないが、常発地であるベトナム北中部から中国南部を経て、毎年梅雨の時期に日本に飛来して稲に被害をもたらす。一方、ヒメトビウンカは稲以外に、イネ科作物・雑草などでも成育できるため日本全域に土着する。まれに、中国東部から九州地域に多飛来する。
トビイロウンカ
セジロウンカ
ヒメトビウンカ
トビイロウンカは、飛来数が少ないが、増殖力が高く、3世代ほど増殖し刈り取り間際の稲で多発生すると、茎から栄養分を吸汁して稲を大量に枯死させる”坪枯れ”の被害をもたらす。セジロウンカは飛来後1~2世代ほど増殖すると水田から移出してしまうため、吸汁の被害はほとんどないが、イネ南方黒すじ萎縮病(ウイルス病)を媒介するため、多発生の際には注意する。ヒメトビウンカはイネ縞葉枯病を媒介するため、保毒虫率(ウイルスを持っている虫の割合)が高い地域では注意する。
トビイロウンカによる坪枯れ
ウンカ類3種の中でもトビイロウンカの被害は、年ごとに変動が大きいが、2005年以降増加傾向にある。21年には、初飛来が例年よりも早い5月上旬にみられたものの、その後は飛来数、飛来量ともに少なく、刈り取り間際の急激な増殖も見られなかったため少発生となった。しかし、多発生した20年には、九州だけでなく、中四国、近畿、東海などでも坪枯れの被害があったことから、これらの地域でも引き続き警戒が必要である。
ウンカ類の防除には、農薬の中でも育苗箱施用剤の利用が最も効果的である。しかし、これまで長い間利用されてきたいくつかのウンカ剤に対して、3種はそれぞれ異なる抵抗性を発達させているため注意が必要である。トビイロウンカは一部のネオニコチノイド系殺虫剤、セジロウンカは一部のフェニルピラゾール系殺虫剤に抵抗性を持つ。ヒメトビウンカは地域によって抵抗性の程度に違いがある。このため、防除対象の種に有効な殺虫剤を含む箱施用剤を適切に選択する。最近では、いくつかの新規殺虫剤が開発されており、抵抗性ウンカ類3種ともに高い効果が認められている。
(JPP-NETのデータから作図。2021年のデータは
2022年2月1日現在の速報値)
いもち病は水稲における最重要病害であり、低温や多雨条件で多発生する。稲の生育期全般で病徴がみられ、葉に現れる”葉いもち”、穂に現れる”穂いもち”に大きく分けられる。病原菌は種子伝染性であり、種子消毒を徹底するなどの防除対策が重要であるが、育苗箱施用剤による防除も有効な対策の一つである。
しかし、地域によっては、これまで利用されてきたQoI剤などのいもち病剤に対する抵抗性が確認されており、こうした地域では病害虫防除所などが提供する防除情報をもとに、抵抗性いもち病菌に効果の高い薬剤を選択する。最近では、いくつかの新規農薬が開発されており、これらの剤を含む箱施用剤の利用が効果的である。
葉いもち
穂いもち
育苗箱施用剤は、稲の育苗箱に農薬を処理し、有効成分が稲体に浸透することで病虫害の発生を防ぐ。効果の持続期間が長く、ウンカ剤ではおおむね移植後50~60日とされる。ウンカ類、いもち病の他にも、コブノメイガなどチョウ目害虫に効果のある殺虫剤、紋枯病に効果のある殺菌剤を含んだ混合剤が市販されており、防除対象の病害虫に効果の高い箱施用剤を選択し、適切に処理することが大切である。
薬剤を処理する時期は、播種時・緑化期・移植当日などさまざまであるが、ラベルに記載された処理時期と薬量を必ず守り、育苗箱に均等に散布する。緑化期や移植当日処理では、散布した薬剤が葉に付いたままにならないよう、軽く散水し、培養土の表面に定着させる。播種時処理はこうした手間を省力化できるため、今後普及が期待される。現在のところ、播種時に使用できる剤は限られているため、必ずラベルで確認する。
箱施用剤の効果持続期間が切れた後の防除については、適期での本田剤散布を実施することが重要である。本田散布剤にも、抵抗性ウンカ3種に効果の高い新規農薬が開発されており、特に多発生時の防除には新規農薬の利用が有効である。
全国農業新聞2022年3月18日号6面掲載
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