全国農業新聞2021年3月19日号6面掲載
水稲の重要病害虫を防除する上で、育苗箱施用剤は同時に複数の病害虫を防除できること、本田防除に比べ省力化できることなどから、全国で普及している。ここでは、稲の重要病害虫であるウンカ類といもち病について被害の特徴を紹介し、育苗箱施用剤の利用法について解説する。
農研機構 九州沖縄農業研究センター
生産環境研究領域
虫害グループ長 真 田 幸 代 氏
水稲に被害をもたらすウンカ類には、トビイロウンカ、セジロウンカ、ヒメトビウンカの3種がおり、それぞれ被害の特徴が異なる。トビイロウンカとセジロウンカは冬に稲がなくなる日本で越冬できないが、常発地であるベトナム北中部から中国南部を経て、毎年梅雨の時期に飛来し、稲に被害をもたらす。一方、ヒメトビウンカは他のイネ科作物・雑草などでも成育できるため日本全域に土着する。まれに中国東部から九州地域に多飛来する。
トビイロウンカは、飛来時の数は少ないが、増殖力が高く、3世代ほど増殖し刈り取り間際の稲で多発生すると、栄養分を吸汁することで稲を大量に枯死させる”坪枯れ”の被害をもたらす。セジロウンカは1世代ほど増殖すると水田から移出してしまうため吸汁による被害はほとんどないが、イネ南方黒すじ萎縮病(ウイルス病)を媒介するため、多発生した際には注意する。ヒメトビウンカもイネ縞葉枯病などを媒介するため、保毒虫率(ウイルスを持っている虫の割合)が高い地域では注意する。
ウンカ類3種の中でも特にトビイロウンカの被害は年ごとに変動が大きく予測が難しいが、2005年以降増加傾向にある。20年は九州だけでなく、これまで被害がほとんどなかった中四国、近畿、東海などでも坪枯れの被害が報告されており、これらの地域でも今後警戒が必要である。
ウンカ類の防除には、育苗箱施用剤の利用が最も効果的である。しかし、これまで長い間利用されてきたいくつかのウンカ剤に対して、3種はそれぞれ異なる抵抗性を発達させているため注意が必要である。トビイロウンカは一部のネオニコチノイド系殺虫剤に、セジロウンカはフェニピラゾール系殺虫剤に抵抗性を発達させている。ヒメトビウンカは地域によって抵抗性の程度に違いがある。このため、防除対象の種に有効な殺虫剤を適切に選択する。最近では、いくつかの新規殺虫剤が開発されており、抵抗性ウンカ類3種ともに高い効果が認められている。
(JPP-NETのデータから作図。2020年のデータは
2021年2月1日現在の速報値)
トビイロウンカ(左)・セジロウンカ(中)・
ヒメトビウンカ(右)の
長翅雌体長は
ぞれぞれ5mm程度、4.5mm程度、3㎜程度である。
トビイロウンカによる坪枯れ
いもち病は水稲における最重要病害であり、低温や多雨条件で多発生する。稲の生育期全般で病徴がみられ、葉に現れる”葉いもち”、穂に現れる”穂いもち”に大きく分けられる。病原菌は種子伝染性であり、種子消毒を徹底するなどの防除対策が重要であるが、育苗箱施用剤による防除も有効な対策の一つである。
しかし、地域によっては、これまで利用されてきたいもち病剤に対する抵抗性が確認されている。例えば、効果が高いことから多用されていたQoI剤に対して抵抗性を持ついもち病菌が各地で確認されており、こうした地域では病害虫防除所などが提供する防除情報をもとに使用する薬剤を選択する。最近では、いくつかの新規のいもち病剤が開発されており、こうした新規薬剤を含む箱施用剤の利用は効果的である。
葉いもち(左)と穂いもち(右)の病徴
育苗箱施用剤は、稲の育苗箱に薬剤を処理し、有効成分が稲体に浸透することで病虫害の発生を防ぐ。効果の持続期間が長く、ウンカ剤ではおおむね移植後50~60日とされる。ウンカ類、いもち病の他にも、紋枯病に効果のある殺菌剤やコブノメイガなどチョウ目害虫に効果のある殺虫剤を含んだ混合剤が市販されており、防除が必要な病害虫に効果の高い箱施用剤を選択し、適切に処理することが大切である。
薬剤を処理する時期には播種時、緑化期、移植当日などさまざまであるが、ラベルに記載された処理時期と薬量を必ず守り、育苗箱に均等に散布する。緑化期や移植当日処理では、散布した薬剤が葉に付いたままにならないよう、軽く散水し、培養土の表面に定着させる。播種時処理はこうした手間を省力化できるため、今後普及が期待されるが、現在のところ使用できる剤が限られているため、必ずラベルで確認する。
箱施用剤の効果持続期間が切れた後の防除については、適期での本田剤散布を実施することが重要である。
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