トップメッセージ

アクシーブ®が貢献して、絶好調だった3カ年

100年企業として当社グループのあるべき姿を「独自技術で豊かなくらしを支え、自然と調和した社会の持続的発展に貢献するフレキシブルで存在感のある企業グループ」と設定し、2021年度から2023年度までの前中期経営計画は、新たな可能性へのチャレンジと位置付け、事業領域・研究領域の拡大、将来の成長のための種まきに取り組んできました。

経営数値目標に関しては、最終年度に売上高1,260億円、営業利益98億円を掲げましたが、いずれも2年目で達成し、最終年度の売上高は1,610億円、営業利益は141億円と過去最高を達成しています。またROEの目標を7.3%としていましたが、こちらも利益確保および資本政策への着実な取り組みにより3年間を通じて目標をクリアし、2023年度は14.5%となりました。

業績が好調に推移したのは、当社の主力商品である畑作用除草剤アクシーブ®の販売が想定を超えて伸長したことにあります。同商品の売上は、2020年度には298億円でしたが、2023年度は731億円とこの3年間で2.5倍近くも伸びています。また、為替レートが円安に推移したことも、売上、利益が上振れした一因です。

アクシーブ®は、世界の巨大な穀物市場を形成するダイズ、トウモロコシ、コムギ、サトウキビなどを対象にしています。今ではほぼ全ての雑草に有効な除草剤グリホサートによる遺伝子組み換え作物栽培での雑草防除が世界の主流ですが、除草剤耐性を持った雑草が増えるようになり、それらに卓効を示すアクシーブ®が使用される環境が生まれました。一方で想定以上の需要の拡大や原材料の高騰もありました。さらにはコロナ禍やウクライナ情勢での物流の混乱や急激でかつ実需を超える農薬原体確保の動き、そして結果としての流通在庫の増加などの課題にも直面しました。こうした課題を克服できたのは、当社の現場に密着した営業力、マーケットを読む力、調達・製造の努力とノウハウ、そして資金調達など、会社が一丸となってアクシーブ®の需要拡大に応えたことによるものと考えています。

ShIPの稼働で製品開発のイノベーションに期待

資本政策では、研究開発力の強化と生産コスト低減に向けた大型の成長投資を実施しました。これまで静岡県内の3カ所に点在した創薬、製剤、プロセス化学の3つの化学系研究センターを2023年10月に統合し、最新鋭の設備を備えた化学研究所Shimizu Innovation Park / ShIPを本格的に稼働させました。これにより、研究開発の効率化と、異分野研究施設の統合によるイノベーション創出、および新規事業の創出に向けた新技術開発の促進を図っていきます。

当社グループは、研究開発型企業です。新製品を開発することは成長のために必要不可欠となります。世の中にない化合物をつくり、農薬として商品化して農業に貢献する、また化成品として世に送り出し、社会を豊かにすることが大切です。

評価化合物から新農薬1剤を商品化できる確率は16万分の1ともいわれますが、当社は7,500分の1という極めて高い確率で新農薬を開発してきました。

それを可能にしてきたのは、研究員がチームを組み総合科学を結集して開発を行っていること、また一人ひとりの研究員のテリトリーが広く包括的な価値判断ができることが主因と考えています。

今回、新しく設置したShIPが、さらなる製品開発のイノベーションを起こすことを期待しています。また生物系の分野では、2021年に生物科学研究所の安全性評価研究棟を建設し、機能を充実させています。このように国際的に年々高まる安全性評価基準に対応するため、研究環境を強化しています。

AAI社の子会社化で販路拡大

事業領域、研究領域の拡大や販売ルートの多様性の実現に向けたM&Aにも、積極的に取り組んできました。この3年間では、2021年2月にシンガポールのAsiatic Agricultural Industries社(AAI)を連結子会社化しました。同社は、アジア、アフリカ地域での農薬、公衆衛生向け害虫駆除剤で強い販売網を持っています。今回AAI社を傘下に収めたことで、当社にとって手薄だったアジア、アフリカへの販売チャネルを獲得できたことは、これからの成長戦略にとって大きなポイントとなります。

海外営業は、当社が直接の販売チャネルを持っていないため、各国でディストリビューションチャネルを持つパートナーと契約する必要があります。AAI社は、自社工場で製造した製剤品を、アジア、アフリカの国々に出荷しており、これらの国や地域に向けて新しいビジネススキームを手に入れることができました。今後、長期的な視野に立って、新しい販売ルートの拡大に向けてビジネススキームを作り上げていきたいと考えています。

持続可能な農業に向けた国内でのM&A

国内では2022年10月に、アグリ・コア社(福島県)の株式80%を取得しました。同社は微生物とITを駆使した製品や技術に強みを持っています。

今後、地球温暖化による栽培地域の変動や、薬剤抵抗性を示す新しい菌や害虫、雑草などの出現が想定されています。こうした将来の農業環境の変化に伴いバイオスティミュラントや生物農薬の市場が伸びると考えています。アグリ・コア社との協業で、このバイオスティミュラントや生物農薬の開発を促進し、環境負荷を低減し持続可能な農業に貢献するという共通目標に向けて進んでいきたいと考えています。

また、2023年9月にはGRA社(宮城県)の株式65%を取得しました。同社はスマート農業によるイチゴ栽培などを行う農業ベンチャーです。ICT を活用してイチゴ栽培農家の経験を数値化し、温度・湿度・日照量等を定量的に管理するハウス環境制御システムを導入し、農業経営の標準化による新規就農の促進に取り組んでいます。GRA社のアグリテック企業としての強みと、当社が持つ知見やノウハウを活かし、スマート農業に向けたシナジーの実現を目指していきます。

ALLクミアイ化学で抽出した7つの重要方針

2023年12月に、2026年度を最終年度とする、新中期経営計画を発表しました。

100年企業としてのあるべき姿の実現に向けて、前中期経営計画期間中にまいた種を発芽させ、より具体的な形に育成し、今後の成長ステージに進めるための基盤強化と拡大の期間と位置付けています。

ビジョンとして、「Create the future~できる。をひろげる~」を掲げましたが、文字通り前中期経営計画で実施した取り組みをさらに拡げていくことを意図しています。

直近の2024年度に限ると、売上高は1,670億円(2023年度比60億円増)、営業利益は120億円(同21億円減)を見込んでいます。増収減益予想の理由は、2024年度は世界的な農薬の流通在庫の調整や、ジェネリック対策としての価格戦略の実施、コスト増などにより営業利益の悪化を想定しているためです。しかし、新中計期間を通しての以下の成長戦略の実践により、最終年次となる2026年度の経営数値目標では、売上高1,850億円(2023年度比240億円増)、営業利益160億円(同19億円増)を目指していきます。

新中期経営計画では、事業戦略として「持続可能な農業への貢献/高品質な製品・サービスの安定供給」、「気候変動・環境負荷の低減」、「研究開発力の強化」、「事業領域の拡大と新規事業の推進」の4つを、事業戦略を支える基盤として「人財の育成/人的資本の考え方をベースにした人財戦略」、「コーポレートガバナンスの高度化」、「DX化の推進/デジタル化の実践」の3つを重要方針として設定しました。

この7つの重要方針のもととなったマテリアリティは、従来のマテリアリティを見直し、各部門、幅広い年齢層からのメンバーによるワークショップで討議しました。その過程で、普段交流のない部門や年齢、ジェンダーを超えて交流が深まり、社内が活性化したきっかけにもなりました。7つの重要方針は、2022年に特定されたマテリアリティの中から本中期経営計画の3年間で重点的に取り組むべき課題を抽出したものです。

20年前から散布量を1/12と激減させた豆つぶ®剤

重要方針の最初に掲げた「持続可能な農業への貢献」は、これからの当社グループの成長戦略のエンジンです。主力のアクシーブ®は、売上高で2026年度に842億円(2023年度比111億円増)を計画しており、引き続き会社全体の成長をけん引する見込みです。

一方、アクシーブ®は2022年に物質特許の有効期間が満了し、ジェネリック農薬が登場することも予想されています。しかし、国ごとに農薬登録に使用されるデータを保護する仕組みや、混合剤開発による特許、製造方法の工夫で取得した製造法や中間体に関する特許など、プロダクト・ライフサイクルのマネジメントをしっかりと行い、ジェネリック農薬対策を加速していきます。物質特許満了=アクシーブ®ビジネスの終焉とならないよう全力を尽くして対処してまいります。

化学農薬に関して、環境、安全面からネガティブに捉えられる風潮がありますが、農薬そのものが持続可能な農業に貢献していることも事実です。その実例として、農薬の製剤技術の向上が、環境負荷軽減に貢献していることが挙げられます。

たとえば、国内の水稲用除草剤を例に挙げると、20年ほど前までは除草剤を10アール当たりで3キログラムまく必要がありましたが、今では豆つぶ®除草剤では同面積当たり250グラムとわずか12分の1で十分な効果があります。この豆つぶ®剤は、物流における温室効果ガス排出量低減の視点からも地球環境保全に貢献しています。さらに豆つぶ®剤は、ドローン散布などスマート農業でも活用されています。

日本では2021年に農林水産省が公表した「みどりの食料システム戦略」において、2050年までに化学農薬の使用量をリスク換算で50%低減することが目標とされました。一見すると、当社の市場が半分になるというネガティブな戦略ですが、当社は創立以来75年間、変わらずイノベーションを生み出す新農薬の開発を続けているのでむしろ、新たなビジネスチャンスだと捉えています。

食料安全保障に直結する農業と農薬

農薬は、農作物の収量や品質の確保、出荷金額の確保に貢献しており、安定的な食料生産を持続するためには欠かせない資材です。世界的な人口増と食料需要の拡大に反比例するように、気候変動による農業生産のリスクが顕在化しています。さらに、各地で勃発している紛争などによる地政学的リスクもあります。単位面積当りの収穫量を上げて、かつ安全で安心な農産物を生産することは、世界で喫緊の課題となっています。こうした課題を解決するために農薬が貢献していくことは間違いありません。

当社は、メーカーとしての正確な情報発信の強化の必要性を痛感し、小学生を対象に食料生産の過程を通して農薬の役割を伝える冊子を作成して、各地の小学校等へ配布しています。たとえば、静岡県や北海道、宮城県などの小学校で当社社員による出前授業を実施し、子供たちや先生方などさまざまな世代に向けた農薬の啓発を図っています。

さらにユニークな試みとしては、里地・里山保全と野生動物との共存につながる抑草剤散布試験があります。当社は50年ほど前から北海道の福島町に約640ヘクタールの山林を保有していますが、福島町において景観維持や草刈り作業の軽減を目的とした抑草剤散布の実証実験を行っています。また、熊出没の懸念がある場所で、抑草剤を散布して熊が隠れることのできる茂みを減らすことで熊の生息しているエリアと人の住む里の間に「緩衝地帯」を整備し熊の出没を抑制する役割についても期待されています。この検証に結果が伴えば、熊による人的被害軽減にも貢献することができると考えています。また、この取り組みは農薬を用いた草地管理により地域の景観維持や環境対策を行うことで農薬の用途を広げる試みにもなっています。

化成品事業で300億円を目標

当社グループのもう1つの事業分野である化成品事業では、半導体をはじめとする電子材料分野など成長分野での事業展開を図り、農薬事業に続く第2の柱に育てていきます。

数値目標として2026年の売上高を285億円(2023年度実績225億円)、さらに次期中計では300億円以上と設定しています。規模としてはまだ大きくありませんが、売上比率は2023年度に14%だったのを16%強にまで引き上げる計画です。M&Aや資本提携等の積極的な活用も選択肢として、化成品事業の基盤強化に向けて取り組んでいきます。

化成品事業の用途の幅は広く、たとえば、塩素化事業のクロロキシレン誘導体が消防服、アミン硬化剤が防水材、さらに新幹線の床材など生活基盤を支えるさまざまな製品に姿を変えています。化成品事業を拡大するためには、川上から1つでも川下に行くことで製品の付加価値を高め、その使用用途を広げていくことが重要です。農薬で培った合成技術、製剤技術が加われば、おもしろい革新的な製品の創出につながると思っています。

その一環としてShIPの中に、新素材開発研究室を設置しました。グループ会社の研究員も所属しており、この研究室が新しい化成品素材をつくる原動力になることを期待しています。

「『夢』と『幸せの三角形』」で人財戦略ビジョンを策定

新中期経営計画のスローガンである「『夢』と『幸せの三角形』」に沿った人財戦略ビジョンを策定したことも、新中期経営計画の柱となっています。

同スローガンは、2021年11月に私が社長就任したときに掲げたもので、新中期経営計画の中でも明記しました。

「『夢』と『幸せの三角形』」は、社員一人ひとりが、小さなことでもまた個人的なことでも良いので「夢」を持つことからスタートします。夢を持てば必ずそれに向かって努力をする。努力が実って成果を得られれば、「皆の幸せ」につながる。さらにそれが次の夢を想像し、努力をし、成果を出し、皆が幸せを増大させるという好循環を生み出すというコンセプトです。このスローガンでは、「皆の幸せ」の“皆”というところが肝心です。自分、家族、同僚、会社、地域、国、世界、さらには地球までとイメージを広げていくことで、地球が幸せにならなければならないという行動倫理につながっていきます。

このコンセプトの原点は、私が学生の時に学んだインダストリアル・エンジニアリングの分野で有名なホーソン実験にあります。その実験では、「労働者の生産性は、客観的な職場環境だけではなく職場における人間関係や目標意識も影響し、むしろその方が大きい場合がある」という結論が導き出されたのです。私は組織の能力を高めるうえで個人のモチベーションが極めて重要であることを学びました。

そして私自身が10年ほど前に子会社の社長に就任したときに、この知識を実践に移す機会を得ることになりました。その会社では閉塞感が漂っており、何とかして打破しようと必死でした。そして社員のモチベーションを高めるために何が必要なのかを考えました。従業員一人ひとりと語り合い、「夢」と「幸せの三角形」のコンセプトを打ち出したところ、小さな幸せが会社全体の幸せにつながり、業績が改善していきました。会社にとって社員のモチベーションを高めることの重要性を体験を通して確認することになりました。

スローガンとしての「『夢』と『幸せの三角形』」を実現することは、地球規模の幸せまでをも考えることで、まさにサステナブルな会社と社会を目指すことになると考えています。

当社の人財戦略にもこのコンセプトが生かされています。そもそも「人材」ではなく「人財」と表現することは社員を大切にする現れですが、具体的には、採用と育成の仕組みづくり、ダイバーシティの推進、そしてワークライフバランスと健康経営の実践等で「努力」を後押しする環境の整備を進めます。そして、貢献度に応じた処遇の実現、チャレンジが報われる人事制度、キャリア形成支援の拡充で、「成果」を通じて達成感を得られる仕組みづくりを行います。

最後に、社員と会社のエンゲージメントを向上させることで「皆の幸せ」の実現を図っていきます。

今、社長室の前に社員全員の一人ひとりの夢が書かれた絵馬が1,250枚並んでいます。この夢を実現させることが私の夢です。社長に就任して2年余りが経ちましたが、少しずつこのスローガンが根付いてきたと実感しています。

新しい価値の創出に「飽くなき挑戦」

当社は、1959年に日本の国産第1号となる農薬を市場に提供して以来、長年にわたって農業の発展に貢献すべく、安全で効果的な農薬の研究開発と普及に力を注いできました。消費者の皆様への安全・安心な食料の提供を支えるとともに、農家の皆様の農作業負担を軽減することで、人と自然の調和が織りなす実りを守り育ててきました。

現在、世界人口の増加による食料問題、気候変動や生物多様性などの地球環境問題、農業を取り巻く世界規模の社会課題が深刻化しています。こうした社会課題の解決に向けて、当社は革新的な技術と独自の事業領域を確立した最先端の化学メーカーとして、新しい価値の創出に挑戦しています。

農薬は、創薬から実際に上市されるまでには10年~20年という長期にわたる時間を要します。今当社が投資している研究開発や事業領域を拡げるためのM&A、さらには人的資本経営への投資は、10年、20年先に花が開くものもあります。

そうした中で、当社グループの研究開発力、販売力や財務基盤などのファンダメンタルズには、間違いなく強いものがあり、農薬、化成品共に市場も確実に存在し、間違いなく生き残る産業です。

今後も、「安全・安心で豊かな社会」と「当社グループの持続的発展」の実現に向け、当社グループの強みである「研究開発力」を駆使し、持続可能な社会の実現につながる新しい価値の創出に「飽くなき挑戦」を続けてまいります。