ピリミスルファンの発見経緯
クミアイ化学グループでは、1980年台後半に植物のALS酵素に特異的に働くことで優れた除草活性を示すピリミジニルサリチル酸系(PS系)除草剤を見出し、ビスピリバックナトリウム、ピリチオバックナトリウム、ピリミノバックメチルを開発・商品化した。PS系除草剤の更なる構造変換を行った結果、ピリミジニルグリコール酸誘導体もPS系除草剤に匹敵するALS阻害活性と除草活性を示す化合物があることが判明し、これら一連の化合物はピリミジニルカルボン酸系(PC系)除草剤と呼ばれる、スルホニルウレア系除草剤やイミダゾリノン系除草剤とは異なる新たなALS阻害型除草剤として位置付けられることとなった。これらの化合物の構造活性相関研究から、植物のアセト乳酸合成酵素(ALS)を強く阻害することで高い除草活性を示すためには、疎水性基、弱酸性基およびピリミジン環を3次元的に適当な位置に配置することが必要であることが明らかとなった。
PC系除草剤は、ピリミジニル基と疎水性基が酸素原子を介して結合しており、比較的立体的な自由度の高い化合物である。反応部位における2分子の熱エネルギー的な関係を考えたとき、阻害剤がより固定された(リジッドな)構造をもっていれば、その自由エネルギーが低下し、酵素阻害活性が向上するという仮説に基づき、ピリミジニルグリコール酸類に比べ自由度の低い構造をもつ2-ピリミジニルアルカン酸を合成し、除草活性を評価した。一方、α位にピリミジニル基をもつカルボン酸類は脱炭酸が起こりやすいことから、酸性基をスルホニルアミドへ変換して安定化を図るとともに、除草活性や作物安全性の向上を目指して、α位の疎水性基やピリミジン環上の置換基を変換した。これらの合成化合物について、各種作物への影響と各種畑作雑草に対する除草効果を評価した結果、ダイズやワタに対して安全性が高く、畑作用土壌処理除草剤として優れた性能をもつ化合物を見出すことができた(日本農薬学会36回大会要旨集)。
1990年台に入り、クミアイ化学グループの新剤開発方針として水稲一発処理除草剤の新たな母剤の創製が定められた。これまでの一発処理剤は一般的に3~5成分の有効成分を混合することで製剤化されており、使用場面では有効成分数の低減が要望されている。我々は、水稲用除草剤の要求項目である水田雑草への幅広いスペクトラム、イネに対する高い選択性、安定した効果発現、高い安全性、SU抵抗性雑草に対する効果を満たす「一成分での一発処理剤」の創出を目指して、新規水稲用除草剤の探索研究を行った。上述の2-ピリミジニルアルカン酸誘導体は、疎水性基とピリミジンが炭素原子を介して結合しており、酸素原子や硫黄原子を介して結合するPC剤に比べて、強固になっていると考えられ、一発処理剤のような優れた残効性が必要とされる薬剤には好ましい基本骨格であると想定された。そこで、本骨格を基本として物理化学性や残効性を考慮して酸性基や置換基の変換を行った結果、2’位にピリミジニルメチル基をもつスルホンアニリド(SA)系除草剤が一発処理剤として望ましい特長をもつことを見出した。SA系除草剤は湛水土壌処理条件下で、イネに対する薬害が少なく、一年生広葉雑草やカヤツリグサ科雑草などの幅広い水稲雑草に対して高い除草活性を示した。SA系除草剤の特徴を生かして、より付加価値の高い水稲一発剤の母剤へと導くため、スルホニル部分、疎水性基、ピリミジン部分変えた化合物を各種合成して最適化を図った結果、一有効成分でも水稲一発処理除草剤としての十分な性能を有するピリミスルファンを見出した。ピリミスルファンは、水稲分野における幅広い雑草種に対して、低薬量で高い防除効果を発揮する。さらに、難防除多年生雑草や近年問題化しているSU 剤抵抗性雑草に対しても有効である。また、人畜に対する高い安全性に加え、魚介類、鳥類、環境生物(ミジンコ、藻類)に対する安全性も高いことが確認された。(日本農薬学会第35回大会要旨集)。
水稲除草剤は、漏水や落水等の水変動による影響を受けやすいのが一般的である。一方で、ピリミスルファンは、水稲用除草剤としては比較的水溶解度が高く、且つ、土壌吸着性も低い化合物である。そのため、圃場の条件によっては、薬剤を処理した後の田面水中の有効成分濃度を適正に保つことが難しい場合がある。ピリミスルファンを商品化するに際しては、本有効成分の効力を最大限に発揮させることができる、適正な有効成分濃度を長期間維持する技術(溶出制御技術)の開発が必要であった。クミアイ化学ではピリミスルファンの効果を最大限に発揮させるため、ピリミスルファンの効果発現に必要な田面水濃度を明らかにし、目標とする溶出パターンの解明に取り組んだ。各種処方検討により溶出パターンの異なる製剤を調製して水中溶出性と除草効果・薬害の関係を調べ、初期に一定濃度を溶出し長期間維持する複合型の最適溶出パターンを明らかとした。そして、それを実現するハイブリッド・リリース技術を開発し、6.7g a.i./10aの薬量で、多様な圃場条件でも安定した除草効果と残効性を有する単一成分の一発処理剤「ベストパートナー」を作り上げた。